香港好きなら知っておきたい。香港歌謡の大御所、林子祥(George Lam)とは?

林子祥 香港 広東省 C-POP

ネイホウ!香港大好きチャイナカブレ佐藤(@kazu67_)です。

さっそくですが、皆さんは香港の歌手というと誰を思い浮かべるでしょうか?

(香港人には人気無いけど)ジャッキーチェン?、アンディ・ラウ?、古い方ならアグネス・チャン?それとも「恋する惑星」で有名なフェイウォン?

C-POPが好きな人であれば、「哥哥」と慕われたレスリー・チャン、伝説の香港バンドBEYOND、ジャキーチュン(チェンじゃないよ)あたりが出てくるのではないでしょうか。

しかし、香港の歌手と言われて名を沢山挙げられる人はそうそう多くないと思います。

そんな香港の歌手の中で、林子祥(George Lam ジョージ・ラム)という方をご存知だったでしょうか?

彼は香港が成長しはじめた時代から活躍をされていた方で、香港人のみならず中国の広東語圏の方々、マレーシアなどの広東系の華僑、普通話の地域でも広く中国の音楽の興味がある方であれば、ご存知であることが多いはず。

現在71歳というご年齢なのですが、それでも現役で、今でも中国のテレビ番組に出演したり、コンサートを開いています。私も、2018年にマレーシアの「ゲンティン(云顶高原)」という華僑向けのリゾート地で公演をされるということを聞きつけ、実際に行って彼の歌唱力の凄さに感銘を受けました。

もし香港や中国の南方のほうに駐在されている方であれば、この方を知っていると、きっと現地の人々やクライアントと話が弾み、仲良くなれること間違いないでしょう。それぐらい多くの人々にとって馴染みのある方なのです。

この記事ではYouTubeに上げられた林子祥の動画を引用しながら、歌謡界の大スターを、アツく、そして本気で、ご紹介していきたいと思います!

林子祥は香港でどれくらい有名な歌手なのか?

まず彼の紹介の前に、どれくらい有名な歌手なのかご紹介していきたいと思います。

こちらは2017年に香港返還20周年を記念して香港で行われたショーです。

李克勤(ハッケン・リー)、古巨基(レオ・クー)、容祖児(ジョイ・ヨン)といった名だたるスターが出演する中に、台湾人の有名歌手であり奥様でもある葉蒨文(サリー・イップ)と歌う林子祥の姿が!

香港返還を記念したショーなわけですから、このショーに出演している林子祥は、香港の老若男女にとって名の知れている歌手であるということは言うまでもありませんね。

すこし話はそれますが、香港の尖東エリアには香港歴史博物館があります。そこの最後のチャプターが「香港の中国返還」というテーマでして、そこで近現代の香港に関する歴史映像を鑑賞するブースがあるのですが、そこのBGMも林子祥によるものです。

香港歴史博物館は非常に興味深い場所なので、ぜひ香港観光に訪れてみてください。

香港が成長していく歴史の中で、彼の音楽が大衆の共感を得てきたということが非常に感じられます。

さて続いて、9分という長い動画ですが、こちらをご覧ください。

この動画は、1985年に開催したショー「林子祥85演唱會」にてメドレーを歌いながら、来賓のスターたちに駆け寄って、パフォーマンスをする林子祥の姿があります。

この場には香港で知らない人はいない(大陸側の人でも知っている人は知っている)スターが沢山いらっしゃるのですが、日本人が知っているところでいえば……

まずは、レスリー・チャン(張國榮)。80年代あたりから日本の歌謡界とも親しみがありましたが、2000年代に若くして自殺をしてしまった大スターです。日本で公開された香港映画にかなり出演しており、日本人でもファンはいるはず。

続いて、日本一有名だと思われる香港人の映画スター、ジャッキーチェン(成龍)。そして隣には張學友(ジャッキー・チュン)もいます。ジャッキー・チュンは2018年11月にさいたまスーパーアリーナで公演を果たしました。中華圏では絶大な人気を誇ります。

そして、もしジャッキー・チェンの『酔拳2』や『Mr.BOO!』シリーズを見たことある方ならご存知の梅艷芳(アニタ・ムイ、写真右)。彼女は乳がんで若くして他界してしまいましたが…。

あと林子祥が腕を絡ませている相手は、フォークソングでその名を馳せた許冠傑(サミュエル・ホイ)。映画『Mr.BOO!』シリーズにも出ているのでご存知の方もいるはず、ビートたけしが吹き替えした人です。

80年代を生きた人ならご存知の、日本で空前のヒットを巻き起こした『Mr.BOO!』(左が許冠傑)

ちなみに許冠傑は「俺は香港の近藤真彦だぞ」と言って日本女性をナンパする迷曲を残したこと人でも知られています。

近藤真彦というより、ビートたけしと福山雅治を足して2で割った感じなんだよなあ……おっと誰か来たようだ。

という感じで、とにかく林子祥は香港の芸能界では有名な方で、数多くのスターとも仲が良いということがお分かりいただけたかと思います。

日本人にとって一番馴染みのある林子祥の曲はこれだ!!!

香港で有名なことはわかった、じゃあ日本人の私でも知っている曲を教えてくれよ!!!というあなたにご紹介したいのが、この曲です。

そう。ジェット・リーが主演の清朝末期を描いた名作アクション映画「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ(原題:黄飛鴻、英題:Once Upon a Time in China)」のテーマソングが林子祥によるものなんです。

(これは返還前の香港映画ですけど)一般的に中国といえばこの曲だ、って人も多いのではないかと思います。今でも日本のテレビ番組において、中国らしいシーンを取り上げる時にはこの曲をBGMにしているのが見受けられます。

この映画の公開は1991年と私が生まれる前なのですが、私が2016年に林子祥の存在を知った時には、なぜかこの曲を知っていました。なので、日本人には結構馴染みのある曲なんじゃないかなーと思った次第です。

林子祥はどのようにして有名になったか?

さてさて、ようやく林子祥という人物の紹介をしていきたいと思います。

林子祥は、1947年に香港で生まれました。幼い頃から音楽に興味を持ち、祖父がよく映画を見せに連れて行ったそうで、中国だけでなく欧米の映画の両方をよく観ていたようです。医者である父がピアノを演奏している時に母は歌ったり、踊ったりしていたようで、両親の影響が彼の音楽のキャリアを作っていたんだろうなあと思います。

彼は高校卒業までは、英語で授業が行われるクリスチャン系の男子校に通い、放課後には中国語よりもフランス語を学び、ギターも練習していたそうです。そんな彼は18歳の1965年にイギリスへ渡航をし、現地の学校に通いながら学内でバンド活動をしていました。

若い頃の林子祥(引用:毎日頭條

その後、香港に戻るかというとそうではなく、アメリカに渡りカルフォルニアでテニスコーチや株の仲買人をしながら生活していたようで、全然歌手活動とは程遠い感じですが、ほどなくして香港に戻り音楽の道を歩み始めます。

1976年(この時、29歳)にJadeというバンドでボーカル活動をしていましたが、すぐに一人で活動するようになり「LAM」という英語のファーストアルバムを公開します。最初は英語の歌を作ることが多かったようですが、徐々に広東語中心に広げていきます。

1960-70年代に撮影されたプラスチック工場の様子(引用:香港記憶

ちなみにこの頃は香港は、文化大革命などで香港に流れてきた移民が安い労働力となり、プラスチック製品を始めとする製造業が発達したあたり。エンタメではブルース・リーなど香港映画が脚光を浴び始めた時期です。今では貿易業や金融業が盛んですが、その変化は中華人民共和国が改革開放によって深センが開放され、安い労働力を求め製造業は深センに移動したからですね。

さて林子祥に話を戻しまして、1980年「在水中央」と「分分鐘需要你」という曲が、日本で言うところの日本レコード大賞「十大中文金曲頒獎音樂會」で上位にランクイン。この時、33歳。このあたりから若干遅咲きではありますが、彼は香港のエンタメ界で不動の地位を手にすることになります。この時代の映画には続々と出演するようになります。

80年代には、23という数の曲が香港電台というテレビ局のチャートでトップを飾ります。この80年代、アラン・タム(譚詠麟)という歌手が一番数多くの曲でトップにランクインを果たしたアーティストですが、林子祥はその次。それでも凄いことですよね。

(引用:毎日頭條

こちら、いつの写真か分かりませんが、左からレスリー・チャン、ジョージ・ラム、アラン・タム、アニタ・ムイ、ジャッキー・チェン。彼らが80-90年代の香港のエンタメシーンをリードしてきました。

現在ではアメリカの永住権を持ちながら余生を送りつつ、たまに中国の音楽テレビ番組に出演をしたり、隔年でコンサートを開いていたりします。

現地の人と仲良くなれること間違いなし!知っておきたい林子祥の曲、5選

林子祥が80-90年代を生きた方々にとって、馴染みの深い歌手であることは、もう疑う余地はないでしょう。でも80-90年代に生まれた人でも知っている人は意外といます。

林子祥という名前、普通話ではリンズシャン(lín zǐ xiáng)といいますが、広東語ではラムジーチョン(lam4 zi2 coeng4)といいます。庶民には「阿LAM(アー・ラム)」という名前で呼ばれています。

なぜ「阿LAM」なのかというと、広東語では「〜ちゃん」という時に前に「阿」をつけたりするんですよね。「加トちゃん」みたいなもんです。

そんな阿LAMの曲の中で、ここでは日本人でもこの曲を知っていれば現地の人と仲良くなれるだろう曲をいくつかご紹介します。ぜひビジネスの場など会話の引き出しとしてお使いください!

『數字人生』

エンタメに強い湖南省の衛星テレビの番組「我是歌手」

この歌詞の本当の意味は未だに謎なのですが、香港人なら誰もが知っているこの曲。私もすっごく大好きな曲。

歌詞の半分以上が数字という凄い曲なのですが、一度覚えると癖になってしまうテンポの曲です。

いちおうフルバージョンも貼っておきます。こっちが実際のテンポの曲。

なんとな〜くですが、時間や数字に日々追われたり左右される現代社会を皮肉にした曲なんだろうなあと個人的に思っています。

さきほどのワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナの主題歌と並ぶぐらいにおすすめな曲です!

『敢愛敢做』

1987年に公開された「神奇兩女俠(Wonder Woman)」という映画の主題歌になった曲。なぜこれがおすすめかというと、林子祥がテレビに出るとこの曲を歌うことが多いからですw

こちらがその映画のPV。

おいおいなんか聞いたことある曲だな、と思った人もいるはず。

それもそのはず、80年代に活躍したアメリカのバンドStarshipの曲なんですよね。ビルボードチャートで1位になった曲で「マネキン」という映画の主題歌だそうです。私の両親はバリバリ世代でした。

彼に限らず香港の90年代ぐらいまでのポップソングというのは、海外から曲を輸入して大ヒットさせたものが多いです。日本から多くの曲が輸入され、ヒットを連発してきました。例えば、レスリー・チャンが歌う吉川晃司の「MONICA」とか、ハッケン・リーが歌う大事MANブラザーズバンドの「それが大事」など。この事情については別の記事で触れたいと思います。

ところで、これは台湾の交流協会(日本と台湾は国交がないが、ここは事実上大使館にあたる)の人と話したことがあるのですが、今ではアニメがきっかけで日本が好きという台湾人や香港人は多いですが、80年代~2000年代と比較すると、どちらかというと日本のエンタメの影響力は減少傾向とのこと(あくまでK-POPなどが台頭してきて比較的日本のエンタメの影響度は弱くなりつつあるという話)。昔のほうが日本の曲は現地の言葉に変えて輸入されていたし、文化の影響度はあったそうな。

『千億個夜晚』

もしあなたが歌唱力に自信があるのであれば、これですね。タイトルからレトロなクサさがありますが、歌詞はもっとクサいです。オッサン世代には受けが良いです。

『海市蜃樓』

林子祥にしてはテンポの早いめずらしい曲。南国でノリノリな感じの曲です。TUBEの「シーズン・イン・ザ・サン」的な感じの曲ですね。

季節は夏、浜辺のかわいいホットな女の子、ああ楽しい時間が過ぎていく、いかないでくれ、ああ儚いぞ的なノリ。たぶんこれは盛り上がるはず。

『財神到』

これは厳密には林子祥の曲ではなく、サミュエル・ホイの曲なんですが、彼がカバーした曲のほうがテンポが良いのでおすすめします。

とにかく金金金の曲。縁起の良い曲なので、ビジネスの場でもきっと盛り上がることは間違いなしでしょう!

まとめ

林子祥てんこ盛りでお届けしてきましたが、広東地域で仕事をされていたり少しご興味があれば、香港の芸能あたりにもちょっと興味を持たれたのではないでしょうか。

私が彼を知ったのは、大学卒業する直前に 香港と中国に初めて行った2016年3月から数ヶ月経った6月くらいの時のこと。YouTubeで彼を知り、独特な魅力に取り憑かれながら、広東語の音楽シーンに興味を抱くようになりました。

様々なスターが香港にはいますが、この林子祥に影響を受けた人も少なくありません。イーソン・チャン(陳奕迅)やハッケン・リー(李克勤)などなど。香港の芸能を語る上では欠かせない人物です。

そんな人物を知っておくことで、あなたのカントンライフがワンラックアップすることは間違いないでしょう!

それでは、チョイギン!再見!

Pocket
LINEで送る

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください